
1. はじめに
今振り返ると、あの頃の自分は特別に不幸だったわけではなかったと思います。
仕事は安定していて、家族もいて、生活そのものは整っていました。
それでも、朝起きた瞬間から頭の中がずっと騒がしく、何かに追われているような感覚がありました。
一番しんどかったのは、「何も起きていない時間」にも、勝手に疲れていくことでした。
通勤中、仕事の合間、家で一息ついているはずの時間でも、
「このままでいいのか」
「もっと効率的にやるべきじゃないか」
そんな考えが自動的に湧いてきて、気づくと体より先に頭が消耗していました。
特に夜がつらく、布団に入ってからが一番忙しい時間でした。
その日の反省、明日の段取り、もっと良い選択肢があったかもしれない後悔。
眠るための時間なのに、考えることを止められない。
それが毎日続いていました。
2. 考えすぎていた頃の思考パターン
当時の自分の頭の中は、今思えばかなり単調でした。
「ちゃんとやらなきゃ」「無駄な時間を過ごしてはいけない」
この二つが、ほぼ常に回っていました。
少しでも手が空くと、「今この時間、何か生産的なことをすべきでは?」と自分に問いかけてしまいます。
スマホを触っていても、本を読んでいても、休んでいても、
「これは正解の行動か?」と確認してしまう癖がありました。
一番厄介だったのは、考えている自分を止められないのに、考えた結果も別に良くならないことです。
考えれば考えるほど選択肢が増えて、逆に何も決められなくなり、
「結局今日も中途半端だったな」と一日を締めくくることが多かったです。
正直に言うと、「こんなことで悩んでいる自分は弱い」とも思っていました。
大きな問題があるわけじゃないのに、勝手に疲れている。
その自己評価の低さも、さらに思考を加速させていた気がします。
3. 試して失敗したこと
何とかしようと思って、いろいろ試しました。
思考整理の本を読んだり、時間管理の方法を真似してみたり、
「前向きな言葉」を意識的に使うようにした時期もありました。
ただ、どれも長くは続きませんでした。
理由は単純で、どれも「ちゃんとやろう」としすぎたからだと思います。
例えば、ノートに思考を書き出す方法。
最初はすっきりするのですが、だんだん
「もっと整理された書き方をした方がいいのでは」
「このやり方、合っているのか?」
と、ノートを書くこと自体が負担になっていきました。
時間管理も同じでした。
分単位で予定を立てるほど、「予定通りにできなかった自分」に意識が向いてしまい、
結局、余計に疲れて終わることが多かったです。
どの方法も悪くはなかったと思います。
ただ、当時の自分には「改善しようとする姿勢」そのものが重すぎました。
4. 小さな転機
転機と呼べるほどの出来事ではありません。
ある日、仕事の合間にふと、「別に今日は何も良くならなくてもいいか」と思っただけでした。
その瞬間、頭の中が急に静かになったわけではありません。
ただ、いつもより一段階、力が抜けた感じがしました。
「考えすぎている自分を直そう」とするのを、少しやめてみよう。
そう思えたのが、自分にとっては意外と大きかったです。
5. 実際にやめた・変えたこと
そこから、何かを増やすよりも、やめることを意識しました。
まずやめたのは、「今の行動が正解かどうか」を常に判断する癖です。
判断しそうになったら、「分からないけど、とりあえずこれでいい」と心の中で言うようにしました。
次に、夜に考え事をする時間を減らしました。
完全にやめるのではなく、「10分だけ考えて、それ以上は翌日に回す」と決めました。
最初は守れない日も多かったですが、2〜3週間ほどで少しずつ楽になりました。
あとは、何もしない時間を「回復の時間」と呼ぶようにしました。
休んでいるのではなく、整えている時間だと思うだけで、罪悪感が減った気がします。
6. 今の状態
今でも、考えすぎる癖が完全になくなったわけではありません。
忙しい時期や、疲れている時ほど、頭は動き出します。
それでも、以前のように一日中引きずることは減りました。
「あ、また始まってるな」と気づいて、少し距離を取れるようになった感じです。
正直、それだけで十分だと思っています。
7. 読者の方へ
もし同じように、理由は分からないけれど疲れている人がいたら、無理に変わろうとしなくてもいいのかもしれません。
合う考え方、合わない考え方は人それぞれです。
この話も、合わない人には全く響かないと思います。
ただ、「少し楽になる余地はあるかもしれない」と感じてもらえたら、それで十分です。
8. まとめ
考えすぎていた自分を振り返ると、
一生懸命だっただけなのだと思います。
今は、うまくやろうとしすぎないことが、
結果的に一番楽な状態であることを実感しています。